From : 田渕裕哉(2011/09/25 06:54:04)
おはようございます。今日は松戸の教会に行きます。
朝、夫婦で散歩をしていると稲刈り後の田んぼに
200匹以上の白鷺(しらさぎ)が羽をやすめていました。
新しい子どもの育て方として、非常に面白い記事があったので紹介したいと思います。
「親は子どもに歩き方を教えるのに、子どもを支えたり褒めたりしますが、
これは目に見える行いです。
このような行いは、目に見えない愛と、子どもの可能性に対する期待の表れです。
来る日も来る日も親の努力は続きます。
目には見えませんが、これは忍耐と熱意があることの証拠です。
行動を生み出すのは私たちの目に見えない性質であり、
それは行動の動機なのですから、何をするべきかを教えるよりも、
好ましい性質を身に付けるよう教える方が、行動を改善するうえで効果があるでしょう。
子どもが悪いことをした場合、例えば、けんかをした場合には、
その行動、つまり目に見えるけんかをやめさせようとすることが多いのですが、
これは間違っています。
行動は目に見えない動機の表れにすぎません。
次のように考えるとよいでしょう。
From : 田渕裕哉(2011/09/24 07:12:24)
おはようございます。今朝は1週間ぶりに戻ってきた久々の千葉からです。
台風の影響があると思って、朝、田渕農園?を見ましたが、1メートルぐらいの木
になる2つの「獅子ゆず(グレープフルーツ大)」が2個、そのまま残っていました。
私たちは皆、財産欲、名誉欲、権力欲というこの世的なものを望むように誘惑されます。
これらのものを望んだとしても、最優先するべきではありません。
最大の望みが財産を得ることだったり、
権力を望んだりする人は、物質主義のわなに陥っています。
それは実はむなしいものであることを知らなければなりません。
ある大成功して、数多くの栄誉に輝き、地位、名声、富を得た人の言葉をご紹介します。
じっくりと味わってください。
「私は人々が尊敬し名誉とすることや、役職・地位などは、本当のところ、
あまり価値がないと思うようになった。
これらのものは、ときどき獲得するために努力しようと感じるが、その値打ちはない。
この世の物は、ただ十分飲食し、適度に着用するものがあれば、
それ以上のものは全く重要ではないことが分かるようになった。
また子供たちに財産を残そうとすることは、むだな努力であるばかりか、
災いになるかもしれないことが分かった。
From : 田渕裕哉(2011/09/23 07:21:29)
おはようございます。今朝は快晴の新宿からです。
今日は祝日ですが、私は十条のお店で働いています。
素晴らしい方々とたくさん出逢っています。
私たちの心の中に、どのような望みがあるでしょうか?
自分の心の中を探り、本当の望みは何か、そして最も大切な望みの
優先順位をどのように付けるかを知ることは非常に大切です。
なぜなら、望みは優先順位を決め、優先順位は選択を方向づけ、
選択は行動を左右するからです。
どのような望みに基づいて行動するかで、どのように変化し、
何を達成し、どのような人物になるかが決まるのです。
望みは目に見えませんが大切です。
私たちは食べたいという望み、寝たい(睡眠)という望みがあります。
しかし、この睡眠欲より優先させた望みの例があります。
ある夜、敵の歩兵隊が前線を突破し、
砲兵隊が陣取っていた後方にまでなだれ込んで来ました。
大尉は自分のテントに電話線を引き、周辺を防御している大勢の隊員一人一人に、
一晩中1時間おきに自分に電話をするように命じました。
そうすることで隊員は目を覚ましていることができました。
From : 田渕裕哉(2011/09/22 07:30:12)
おはようございます。関東地区の昨晩は台風で大変でしたね。
まだのところもあると思いますが、皆さんの無事をお祈りしています。
昨日のメルマガの後半のリンクが午前中にトラブルがあり見えませんでした。
昨日の午後から復旧しましたので、ぜひ、読んでくださると嬉しいです。
きれいな心を持つことには完全な自由があります。
ビクター・E・フランクルは、ナチ強制収容所における悲惨な経験を述べたくだりの中で、
人間の自由がどれほど奪われようと、虐待がどんなに過酷であろうと、
心身にかかわる緊張がどんなにひどくても、人はフランクルが「最後の自由」と呼ぶもの、
つまり「どんな状況にあっても、自分の態度や心の思いを選ぶ自由」を
持ち続けることができると言っています。
彼の言葉を引用します。
睡眠不足や不十分な食料、さまざまな精神的圧迫などの状態は、
収容者にある反応を起させると考えられがちであるが、
つまるところ囚人がどのような人物になるかは、その人の内面的な決心の結果であって、
収容所の影響だけによるものではない。
従って基本的には、このような境遇にあっても、
だれでも自分が心理的、精神的にどのような人物となるかを決定することができる。・・・・
From : 田渕裕哉(2011/09/21 12:56:24)
おはようございます。今朝は雨の赤羽にいます。
台風15号気をつけてくださいね。安全をお祈りします。
今週、来週と十条にあるお店にいます。
お近くに来る予定のある方は、ご連絡ください。
お会いできると思います。こちら ⇒ tabuchi@dc-group.co.jp
あなたが良いことをする場合、、どんな動機で良いことをするでしょうか?
さまざまな動機があると思います。
表向きは隣人のための奉仕を装っていながら、
本当は自分の富や名誉のためにしている場合もあるのです。
また、良い交友関係を求める気持ちから出る奉仕もあります。
これは、自分の富や名誉を求めるよりは、おそらく立派ですが、
やはりこの世的な報いを求める動機の仲間に入ります。
すなわち、自分に役立つことを求めており、心のきれいな人とは言えません。
心のきれいな人は、純粋に人の役に立ちたい!という「愛」を
動機に良いことをする人です。
愛が動機の人は受け身や義務感でするのではなく自発的に進んで行うものです。
ある方が述べているように「税ではなく、捧げ物」なのです。
ヘンリー・バンダイクの名作『館』の物語の中に、
著名な博愛家ジョン・ウェイトマンが見た天の示現の場面があります。