人間の運命91.

From : 田渕裕哉(2026/09/29 07:55:47)

2026年9月29日(火)
おはようございます。今朝は雨の千葉からです。

思想さえしっかりしていれば技術開発そのものはそう難しいものではない。
技術はあくまでも末端のことであり、思想こそが技術を生む母体だ。
本田宗一郎

この物質文明の影響を受けないためには、自分だけが人間であろうとし、
自分だけがただ独りで生き、ただ独りで死ぬということです。

その覚悟がない人は、この時代に呑み込まれるしかありません。

独りで生きるのが嫌で、人に認められたいと思っている人は、今の社会に
呑み込まれてしまいます。

この物質文明というのは、それほど凄まじい力があるのです。

私自身はもちろん、ただ独りで生き、ただ独りで死ぬと思っています。 >>続きはこちらから

人間の運命90.

From : 田渕裕哉(2026/09/28 07:11:10)

2026年9月28日(月)
おはようございます。今朝はさわやかな朝の千葉からです。

苦しい時もある。夜眠れぬこともあるだろう。
どうしても壁がつき破れなくて、俺はダメな人間だと劣等感にさいなまれるかもしれない。
私自身、その繰り返しだった。
本田宗一郎

重要なことは、人間が、自分が一番上になってはいけない、ということです。

やはり我々は宇宙から生み出されたものであり、地球によって生かされている
存在なのです。

だから、宇宙や地球の存在が常に上にある。昔の人の言葉であれば、それが
神ということです。

神があって、初めて我々の存在があるのです。我々は絶対に一番ではありません。

人間が神を忘れ、トップに立ったというエゴイズムの世界に支配されている
現実から、もはや逃れることができません。 >>続きはこちらから

人間の運命89.

From : 田渕裕哉(2026/09/27 07:00:52)

2026年9月27日(日)
おはようございます。今朝は曇りの千葉からです。

人間は不幸のどん底につき落とされ、ころげ廻りながらも、
いつかしら一縷の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。
太宰治

本当は我々が人間として生きる自由、心の自由を欲したのがルネサンス
だったのですが、そこから人類の多くは取り違えてしまった。

人間が楽しく生きていい、自分たちが好きなように生きていいと思って
しまったのです。

時代を経て、そちらへとどんどん流れていきました。

十九世紀にヒューマニズムへの反動で、宗教が甦ってきた時代があります。

しかし、反動で出て来た宗教運動だったので、極端でとんでもないもの
ばかりでした。 >>続きはこちらから

人間の運命88.

From : 田渕裕哉(2026/09/26 07:58:58)

2026年9月26日(土)
おはようございます。今朝は熊本からお届けしています。今日は志布志へ行きます!

僕は今まで、説教されて、改心したことが、まだいちどもない。
説教している人を、偉いなあと思ったことも、まだ一度もない。
太宰治

今の時代に自分の命よりも大切なものを持って生きている人間が
ほとんどいない理由を説明します。

その理由の一つは、今から約五百年前ルネサンス期から、人間が
神を失っていく過程に入ったということが挙げられます。

我々は神に創られているのです。
つまり宇宙の一環として生まれたということです。

それが神を忘れ、エゴイズムに向かって生きている。

人間の宇宙的使命とは、他の尊いものに自分の命を捧げることなのです。 >>続きはこちらから

人間の運命87.

From : 田渕裕哉(2026/09/25 07:10:32)

2026年9月25日(金)
おはようございます。今朝はさわやかな朝の博多からです。

僕は自分がなぜ生きていなければならないのか、それが全然わからないのです。
太宰治

命よりも大切なものがあるのが人間で、ないのが動物です。
人間と動物の違いは、そこにあります。

動物はそういう自己中心であっても良いものとして、この
地球上に創られています。だから動物は「自分」だけでいい。

それで、我々はどうして人間、人類になったのか、ということを
私は問うているのです。

人類として創られたということは、自分よりも尊いものに
自分の命を捧げるために、そういう存在になったということなのです。

だから人類として生まれたからには、それを実行しない限りは
動物的な価値もなくなる。 >>続きはこちらから

人間の運命86.

From : 田渕裕哉(2026/09/24 07:21:26)

2026年9月24日(木)
おはようございます。今朝はさわやかな朝の千葉からです。今日から九州です。

安楽なくらしをしているときは、絶望の詩を作り、
ひしがれたくらしをしているときは生のよろこびを書きつづる。
太宰治

初心というのは、嫉妬とか怨みのようなネガティブなものはありません。

初心は必ず美しいものと良いものしかないのです。

だから悪いものは、初心とは言わない。そういう悪いものを抱いたとしたら、
すぐに捨てなければなりません。

悪いものは必ず「比較」による水平思考が生み出すものなのです。
俗世間ということでしょう。

それは「心」にはならない。「生活」ということに尽きるのです。 >>続きはこちらから

人間の運命85.

From : 田渕裕哉(2026/09/23 07:25:12)

2026年9月23日(水・祝)
おはようございます。今朝はさわやかな朝の千葉からです。

学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。
けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。
これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん。
太宰治

私が現実に知っていて骨力があると思った人は、本当に骨も二倍あるのです。

これは面白いです。昔の人が人間の精神のことを「骨」と呼んでいたのは、
やはり理由があったのです。

欲望は肉ですから、昔の人が「肉欲」とか、欲望を肉と呼び、精神を骨と
呼びました。

私はやはり骨に特化した生き方が、素晴らしいと考えています。

だから皆さんに言いたいのは、成功をしたい、幸福になりたい、人から認め
られたい、それから最近多いのが、生きがいが欲しいというのも駄目なのです。 >>続きはこちらから

人間の運命84.

From : 田渕裕哉(2026/09/22 07:50:09)

2026年9月22日(火・祝)
おはようございます。今朝は台風が過ぎ去っていい天気の千葉からです。

幸福の便りというものは、待っている時には決して来ないものだ。
太宰治

悪い人間になりたいと思うのは、もちろん駄目ですが、
良い人間になりたがってもまた駄目なのです。

とにかく骨力が付くと清濁併せ?む人間になるということが
第一義であって、第二義はこの世の価値を低くし、宇宙的使命に
全力を投球する人間になるということです。

いろいろな価値のあることをした人間というのは、皆この世の
ことには価値を置いていません。

誰から見ても、皆宇宙的使命に生きています。

この人類の使命、宇宙的使命に生きていない人などは、何も
出来ません。 >>続きはこちらから

人間の運命83.

From : 田渕裕哉(2026/09/21 07:01:19)

2026年9月21日(月・祝)
おはようございます。今朝は大雨の千葉からです。

疑いながら、ためしに右へ曲るのも、信じて断乎として右へ曲るのも、その運命は同じ事です。
どっちにしたって引き返すことは出来ないんだ。
太宰治

未完と意味は同じですが、答えを求めぬ生き方になることも重要です。

だから自分の運命に対して答えを求めている人は、この骨力と呼ばれる
底力は永遠に生まれません。

答えを求めていれば、知識は集まります。

しかし浅知恵は付いても、骨力は付かないということです。

それからこれは最も大きいことかもしれませんが、骨力が付けば、
愛と正義を断行する力が出てくるということです。 >>続きはこちらから

人間の運命82.

From : 田渕裕哉(2026/09/20 07:52:17)

2026年9月20日(日)
おはようございます。今朝は雨の千葉からです。

一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。
明日のことを思い煩うな。
明日は明日みずから思い煩わん。
きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。
太宰治

骨力が出来て来るという現象と、勇気と矜持、誇りが増えて来るのには
相関関係があります。

だから気概のある人生を構築する、戦い挑戦する人生を構築する、
自己の運命を愛する。

これらのことは、私はすべて骨力と関わることだと考えています。

ここもまた勇気の代名詞ですが、骨力によって「未完」に向かう人生
を生きることが出来るようになるのです。

人生というのは、纏めよう、完成しようとすれば必ず欲が出て来ます。 >>続きはこちらから