From : 田渕裕哉(2012/07/31 07:49:43)
おはようございます。毎日暑いですね。今朝は千葉からです。
昨夜の卓球女子シングルは感動しました。2人がベスト8です。
今日で7月も終わりです。明日から8月に入ります。
私は個人的ですが、今日の夜から特別な40日間に入ります。
作家のマーク・トウェインは、天国の門で聖ペテロに相対した男の話について書いています。
男は会った瞬間に、ペテロが賢く、豊富な知識を持っていると悟り、こう尋ねました。
「聖ペテロ様、私は戦争の歴史に興味があります。歴史上で一番偉い将軍は誰かを教えてください」
ペテロは即座に答えました。
「ああ、それなら簡単です。向かいにいるあの男がそうです」
男は困惑顔で「それは何かの間違いではありませんか。
生きていた時のあの男を知っていますが、ただの日雇い労働者でしたよ」と言いました。
ペテロは「確かにその通りです。だが、もし将軍になっていたら、
歴史上最も偉大な将軍になっていたはずです」と答えました。
この話は何が言いたいかがお分かりになるでしょうか?
一言で言うと「誰でも歴史上最高の将軍になることができる」ということです。
能力の違いではありません。
自分に自信を持てるか?自分の内に秘めた力を発揮できるか?が鍵だということです。
そして、それは能力ではなく、本人の意気込みにかかっています。
他人がどう考えようと関係ありません。
From : 田渕裕哉(2012/07/30 07:58:12)
おはようございます。今朝は東京のホテルからお届けしています。
昨夜の日本男子サッカーは興奮しました!1点差の勝負は面白いです。
私はサッカーがなぜか大好きです。でも寝不足は嫌いです。
さて、今週1週間の始まりです。張り切っていきましょう!
アメリカの大成功者にお会いして4日間一緒に過ごしました。
私にとっては非常にインパクトのある4日間でした。
彼は一言で言えば、召使いのような謙遜さ(人々に仕えようとする意志)と、
サムライのような勇気(自分よりも大きなものに立ち向かっていく意志)
の両方を見事に持ち合わせた人でした。
才能よりも「何かを成し遂げようとする意志の強さ」を感じました。
成功という現実を創るのは「才能」ではありません。
現代経営学の父ピーター・ドラッカーは言います。
「何事かを成し遂げる能力と知性、想像力、知識などとの間に相関関係はほとんどありません。
知性や想像力、知識は重要な資源ではありますが、それだけで結果を出すことはできません。
そうした資源だけでは、どんな可能性も頭打ちになってしまうのです」
アメリカには面白い統計があります。
・ フォーチューン500企業の社長の半数以上が、大学の成績の平均はCでした。
・ 上院議員の65%は、学生時代の成績は平均以下でした。
・ 大統領の75%も、学生時代の成績は平均以下でした。
・ 百万ドル以上の資産を持つ起業家の半数以上は、大学を中退しています。
From : 田渕裕哉(2012/07/29 07:37:44)
おはようございます。今朝も暑い千葉からです。朝の散歩は気持ちいいです!
様々な学びのある1週間でした。本当に心から感謝の気持ちで一杯です。
そして、今日は、新しく迎える1週間の計画を立てる日です。
1週間単位で新しい気持ちになれるのがいいですね。最高です。
この地球上に数あるものの中で最高の芸術作品といえるのは人体ではないでしょうか?
私たちの身体は、非常に荘厳で美しく精密かつ複雑にできていて、なにより神聖なものです。
でも、私たちはこのことに感謝しているでしょうか?
中には感謝している人もいるでしょうが、ほとんどの人はこの素晴らしい贈りものを
当然のように思っているのではないでしょうか?
自分の体型が、やれ太っているだの、やせているだの、背が低すぎる、
背が高すぎるといった不平を述べる人がいます。
彼らは、身体の見事なまでにバランスのとれた完璧性は無視して、
鏡の前に立っては、身体の見た目の不完全さに目を向けてため息をついています。
誰もが自分の身体の好きなところと嫌いなところを持っています。
大切なのは、このバランスを認めて感謝することです。
そうすれば感謝のエネルギーが、その美しくバランスのとれた身体を覆ってくれるでしょう。
感謝するということは、素敵なところと、そうでないものの両方を認めることなのです。
自分の身体に感謝するとは、自分のそのまま身体のすべてに感謝するという意味です。
From : 田渕裕哉(2012/07/28 07:07:40)
おはようございます。今朝も、いい天気の千葉からです。今日も暑くなりそうです。
アメリカから素晴らしいビジネスパートナーが来日していて、連日、朝から夜まで、
同行していて、たくさんのことを学んでいます。感動の連続です。
今日、夕方、成田空港から帰国されますが、もっともっと学びたいです。
私たちが自分自身を鍛えて、この隠された秩序と物事のバランスをはっきりと認識できると、
ネガティブな出来事など存在しないことが分かります。
そして、純粋にポジティブな出来事というのもないことが分かります。
ただ出来事があるのみです。私たちが出来事を解釈してラベルを貼るまで、
すべての出来事はニュートラルです。
例えば、雨が降ると、農家の人たちは雨が干ばつを解消してくれるため感謝しますが、
美しい花嫁は人生の晴れ舞台が台無しになったと悲しみに暮れます。
雨は良いものでもなければ悪いものでもありませんが、
雨が降って欲しくないときに降ると嫌うのです。
逆に雨を待ち望んでいた場合は、天が私たちの祈りに答えてくださったと言って称えます。
このことを理解すると、もし状況によって自分が傷ついたとしたら、
それはまだメリットの部分を見ていないからだと気づいて、
心の中に感謝とともに本来のバランスがとれるまで、そのメリットを見つけることです。
例えば、東日本大震災だと、少しリアルで失礼があるといけないので、
以前、東南アジアで発生した津波について考えてみましょう。
From : 田渕裕哉(2012/07/27 06:23:37)
おはようございます。今朝は、曇りの千葉からです。
昨夜の特別セミナーは、椅子を追加しても立ち見が出るほどの満席でした。
アメリカの大成功者のハートが伝わる素晴らしいセミナーでした。
そのあとの、男子サッカーも興奮しましたね。スペイン撃破です!
「感謝の気持ちを持って生きる」という意味が分かった人は、
心配や不安は幻覚にすぎないということが分かります。
心配や不安とは、先々について喜びよりも苦痛が多くなる、
得るものよりも失うものが多くなる、プラスよりも苦痛が多くなる、
得るものよりも失うものが多くなる、プラスよりもマイナスが多くなる、
支持よりも試練が多くなる、誰かあるいは自分のせいで安らぎよりも動揺が多くなる
といった仮定から生じるものです。
しかし実際には、そのようなアンバランスは生じえないのです。
自分を支持してくれる人なくして挑戦してくる人が存在することはなく、
また、賞賛してくれる人がいなければ、批判する人も同時に存在しません。
常に、想像上の対極のバランスをとってくれる他の誰かが必ず存在します。
その人は近くにいるかもしれないし、遠くにいるかもしれません。
しかし必ず存在します。
ここでは「想像上の」という言葉を強調したいと思います。
これはここでキーとなる言葉です。
人生の片面だけを味わうことはできません。
人生は完全にバランスが保たれています。
From : 田渕裕哉(2012/07/26 07:15:19)
おはようございます。今朝は、いい天気の千葉からです。
なでしこジャパンやりましたね。今夜は男子サッカーです。寝不足です。
今夜7月26日(木)19:00~21:00に非常に面白いセミナーがあります。
東京の渋谷で開催され、アメリカの本当の大成功者の話が聞けます。無料です。
参加ご希望の方は、tabuchi@dc-group.co.jp まで。詳しい内容と開催場所を送ります。
今日は「感謝」と「バランス」について考えてみたいと思います。
まずは、人間関係です。
ある人に欠点よりも多くの良い点を見るなら、その人に夢中になります。
ある人に良い点よりも欠点に目がつくと、その人に嫌な気持ちを感じます。
実は、バランスがとれた状態にときに、私たちは感謝の気持ちを覚えるのです。
例えば、家族関係を考えてみましょう。
家族の誰かが仕事に出かけると、別の人は家の修繕をし、
また別の人は料理をしたり、芝生の刈り込みをします。
こうして家族全員がそれぞれの役割によってバランスを保っているのです。
このことに気づけば、誰もが家族のメンバー全員に感謝するのではないでしょうか?
この世は、いろいろなものが補完的な関係で満ち溢れています。
私は「補完」という言葉が好きです。
「補って完成する」という意味だからです。
私たちは一人では幸せになることや完全になることはできません。
プラスに対してマイナスがあり、表があれば裏があります。右には左というようにです。
この世界は本質的にバランスが保たれている状態です。
From : 田渕裕哉(2012/07/25 05:47:26)
おはようございます。今朝は新大阪から品川に向かう新幹線からです。
イチローがNYヤンキースに移籍したニュースはびっくりでしたね。
「環境を変えて刺激を求めたい」という記者会見は印象的でした。
そして、いよいよ今日の深夜1時から、なでしこジャパン初戦のカナダ戦です。
自分自身に感謝しているなら、まず、自分自身のためにお金を使ってください。
あなたが現在、お金を持たず十分な蓄えもないとしたら、それは単に、
そうするための大きな理由を持っていないことが原因です。
言い換えるなら、理由があればあなたは、富を築くための行動を起こします。
例えば、あなたに子どもがいて、子どもの優先順位が一番上位にあるとします。
ある日、誰かがあなたの子どもを誘拐して次のように要求しました。
「あなたの子どもを預かった。30日以内に1,000万円を用意しなければ、
あなたの子どもを殺す」あなたには全く貯金がなく、
それだけのお金を借りることはできないとします。
1,000万円を30日以内に稼がなければなりません。
さて、あなたはお金を工面することができますか?
それだけのお金を得る方法を見つけることができるでしょうか?
あなたは、きっとできるし、お金を工面することでしょう。
なぜなら、そうするだけの十分に大きな理由を突如として持ったからです。
あなたが、お金を持っていないのは、お金を稼ぐ意志やビジョンが足りないだけです。
経済的な豊かさは、お金を尊重することで成し遂げられます。
From : 田渕裕哉(2012/07/24 06:46:51)
おはようございます。今朝もいい天気の大阪からです。
7月26日(木)19:00~21:00に非常に面白いセミナーがあります。
東京の渋谷で開催され、アメリカの本当の大成功者の話が聞けます。無料です。
参加ご希望の方は、tabuchi@dc-group.co.jp まで。詳しい内容と開催場所を送ります。
今日はお金のことについて書きたいと思います。
お金と言えばキャッシュのことをイメージするかもしれません。
あなたは豊かでしょうか?あなたには「富」がありますか?
実は誰もがすでに富を持っています。
自分は持っていないと言う人は、富イコールお金であり、
キャッシュであると考えている人です。
「富」という言葉の本当の意味に、まだ気づいていないだけのことなのです。
なぜなら、その富は、あなたが考えている形とは異なるものであるかもしれないからです。
あなたの富は、あなたの子どもかもしれないし、友人、またはビジネスかもしれません。
はたまた、あなたの精神性、身体、または何か他のものかもしれません。
富は、その人が大切にしている価値観を反映した形で持つことになります。
あなたにとって最も価値が高いものが自分の子どもであれば、子どもがあなたの富であり、
あなたは自分の子どものためなら、いくらでもお金を使うかもしれません。
そして、その見返りとして、あなたが引退して60歳、70歳、80歳になったとき、
あなたの子どもは、きっとあなたの世話をしてくれるでしょう。
From : 田渕裕哉(2012/07/23 07:16:57)
おはようございます。今朝は晴れている大阪からお届けしています。
今日と明日はある団体で1日研修です。毎年呼ばれている団体です。
毎年呼ばれるということは、研修が良かったという証拠です。
いわゆるリピート客ですね。毎回、リピートがくるように最善を尽くしています。
あと24時間しか生きられないとしたら、あなたは何をしますか?
真剣に考えてみてください。
これは実際にアンケート調査があって、ダントツで1位の答えがあります。
ダントツというよりも、ほぼ100%の人が同じ答えをします。
その答えとは・・
「あと24時間しか生きられないとしたら、私の人生を支えてくれた人たちに
『ありがとう』『愛しています』と伝えます」というものです。
少し前に私の友人が「ガン」で亡くなりました。
とても感動的な話を聞きました。
その方は一家の主人ですが、亡くなる前日に家族全員を病室のベットの回りに集めて、
一人ずつに愛と感謝を述べたそうです。
イメージするだけで、すごく感動的です。
そして、翌朝、眠るように笑顔で天国に旅立ったそうです。
これらの話から、私たちの人生で一番大切な心は「愛」と「感謝」ということが分かります。
今回のテーマは「感謝」のほうに焦点を当てます。
言いたいことを一言で言えば「自分が恵まれていることに目を向けていつも感謝すれば、
すなわち、恵まれていることを知って人生に感謝する人には、
もっとたくさんの感謝することが起こるということです。
From : 田渕裕哉(2012/07/22 07:02:52)
おはようございます。今朝も涼しい千葉からです。
今日は千葉の教会に行き、夜に大阪に移動します。
忙しい1週間ですが、移動時に、今週の反省と来週の予定を立てたいと思います。
心をリラックスして、自分の人生を振り返る時間は非常に重要です。
「人生に、たいへんは3度しかない」
これは、今は亡き素晴らしい「人生の師」の口癖です。
1度目は、この世に生まれ出るときで、
狭い産道を通って生まれてくる苦しさは、たいへんなものです。
今は医学の力で蘇生できますが、昔は仮死状態で生まれたり、
生まれてすぐ息をひきとる赤ん坊が、非常に多かったのです。
そのことを思えば、誕生は人間にとっての第一の「たいへん」です。
もうひとつの「たいへん」は、逆に人生の最後、死ぬときに待っています。
死後の世界がはっきりしない分らない世界に行くのですから、
たいへんでないわけがありません。
人生の入り口と出口に「もの凄いたいへん」があります。
ということは、私たちが人生で遭遇する「たいへん」は、
あと1回しかないことになります。
人は口を開けば「たいへん」「たいへん」と言いますが、
本当に「たいへん」は、人生の中では、実は1回しかありません。
今、目の前にあるのは、生まれてくるときや、死んでいくときの文字通り
死んでしまいそうな苦しみに比べれば、少しもたいへんじゃないでしょう。
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