毎日が小さな修行21.

From : 田渕裕哉(2023/03/19 07:27:49)

2023年3月19日(日)
おはようございます。今朝も福島県の郡山からお届けします。
昨日は雪。今朝はいい天気です。

自分本位は良くないと思っている人ほど、実は「自分がない」ということから
逃げているだけかもしれない。自分はこういう人間だから、ということを
知っているということは「だから自分はこれを求めている」と言える人だ。

鏡やビデオに映った自分の姿を見て「自分ってこうなの?」
と恥ずかしくなった経験はないでしょうか?

客観的に見ると、自分の内面が、言動が、よく見えてきます。

立ったり座ったりする姿とか、話をする姿、お茶を飲む姿など、
自分が思っている以上に反省するところがたくさんあるのに気づきます。

この気づいた欠点を直していくのはとても大変で、とても面倒臭い作業です。

しかし、どんなに面倒臭くても「善いことをして悪いことをしない」という一つ
の人生の真理に到る道しるべを掴みとったならば、絶対に手放してはいけません。

人生とは常に悪しき心との睨めっこです。心が高まってくると、
とくに意識をしなくても、自然と自分の言動が理に適ってきます。

なぜかというと悪いことをした後にやってくるしっぺ返しの怖さがわかるからです。

しかし、そうなるまでは暗中模索の状態で、この先がどうなっているのかもわかりません。

わからないまま、次から次へとプレッシャーやストレスがやってきます。

生き方が下手なうちは、苦しみの矛先を他人に向けて、
自分の心をさらなる暗い闇の中へ落とし、悪循環を引き起こします

 

そういう繰り返しの先に「なるほど」とわかってくるものがあります。

そこで心を転換することで、とらわれのない,良い人生になっていくのです。

人生、良いことも悪いことも半分半分です。

悪いことがあってもパッと切り替えて、光が射すほうに転換できるようになると、
器が大きくなり、太陽のように他人に明るさと良い影響を与えられるようになります。

そういう器の大きい人格の整った両親のもとに育つ子供は、
自然と親の姿に敬意を持ちます。何もいわなくても真っ直ぐに育っていきます。

これが後ろ姿で子供を教え導くということなのでしょう。

子供は元来わがままですから、口先だけで制しようとすると
「自分のことは棚に上げて」といわれてしまいます。親子関係だけでなく、
師弟関係も、上司部下の関係も同じです。

ですから、何をいわずともその人の背中を見ることによって、
皆がそれに「薫習」されていくことが望ましいのです。

明日に続く。

田渕 裕哉

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