毎日が小さな修行23.

From : 田渕裕哉(2023/03/21 06:10:27)

2023年3月21日(火・祝)
おはようございます。今朝もいい天気の千葉からです。

偉大なリーダーは、最初はただ自分の人生を生き、自分を存分に
表現したいと考えていたにすぎない。そして他者と交わり、自分の
習得したスキル、才能、エネルギーをすべて使って、自分のビジョンを
はっきりと示す。最初に思い描いた自分を目指し、そのプロセスを楽しむ。

上手でも下手でも精一杯勤めさせていただくことが大事です。

達人といわれる人でも、初めて体験することは、その第一歩からはじまっていきます。

一歩一歩を積み重ねることによって、
やがて達人といわれるるような境地に達していくのです。

私がお坊さんになった二十五年前の話です。

得度式のとき、師匠は弟子になるすべての者の頭にカミソリを当てました。

そして、仏縁があって仏の弟子となり日常の修行を積んでいく弟子たちに
「自分が人から尊重されたかったならば、まず初めに目の前の人を尊重することである」
という話をされました。

それ以降、何百回、同じ話を聞いたかわかりません。

この「まず初めにどんな人をも尊重する」ということで、思い出に残る話があります。

修行生活がはじまって何年かした頃、お寺が忙しいときに来る
中井のおじさんという人と出会い、親交を深めていきました。

その方は本山の信徒で、本山が忙しくなると、
わざわざ伊勢のほうからお寺まで手伝いにきてくれるのです。

聞いたところによると、昔は非常に気性が激しかったそうですが、
父親の病気を機に、信仰の世界を大事にするようになったということでした。

中井のおじさんは在家信者ですから、自分の仕事をしながら仏道修行に勤めていました。

当時、七十くらいだったでしょうか。

何でもできて、忍耐強くて、とても格好のいい、いぶし銀のようなおじさんでした。

中井のおじさんは、私のことを非常にかわいがってくれて
「亮潤君、亮潤君」と呼び、私も「中井のおっしゃん」と慕って、
一緒に楽しく仕事をしていました。

本山側の要請で手伝いに来るのに、おじさんは謝礼も電車賃も受け取りませんでした。

「自分は本山に来るんではなくて、本尊さんのために手伝いに来るだけだから、
一切、物は受け取らない」といって、そのスタイルを貫き通していました。

あるとき、ちょっとしたことから、トラブルが起きました。

師匠の弟さんが修行僧の失敗をかばった中井のおじさんに対して、
心情を害するようなとんでもない言葉を投げかけたのです。

弟さんも人間ですから、忙しくてイライラしていたのかもしれませんが、
中井のおじさんのほうが年長者です。

そのとき、中井のおじさんは何もいわず、手にしていたものをそこに置いて、
荷物一式をまとめて伊勢に帰ってしまいました。

明日に続く。

田渕 裕哉

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