毎日が小さな修行32.

From : 田渕裕哉(2023/03/30 07:28:20)

2023年3月30日(木)
おはようございます。今朝は東京のホテルからお届けしています。

成長は、まず「できなかったことができるようになる」というステップ。
そして「それを1時間でできるようになる」というステップを踏む
ハイパフォーマーは「もっと短い時間でできるようになる」に取り組む人。

生まれて初めて自転車に乗れたときのことを思い出してください。

何度も転んで膝をすりむいて、怪我をして血を流しても練習を続けるうちに、
ある日突然、ふっと自転車に乗れるようになります。

その感覚を覚えたならば、一生涯忘れることはありません。

しかし、そのときの感覚を言葉や文字で誰かに伝えてくださいといわれたら、
伝えられるでしょうか。

感覚というものは、言葉や文字では表現できないものです。

それはその人の人生の経験においてしか理解できないからです。

自らが人生の中で積んだいろいろな経験が自分自身の尺の長さとなります。

人は誰でも、その尺の長さの中でしか物事を理解することができないのです。

だからこそ実践をして、自分で経験を積むことが大事です。

そうすることで初めて、他人に優しい言葉をかけるのも、
笑顔をお届けするのも、誰のためでもない、自分自身のためであるとわかるのです。

「正直者はバカを見る」とか「正直者は損をする」といいますが、
そんなことは決してありません。

実践を続けていくと、人が見ても見ていなくても、
いつも心にあられる神仏が見ていると思うような生き方ができるようになります。

「こんなことをしたら神仏に笑われるな、神仏を悲しませてしまうような」と思い、
真面目に真っ直ぐに生きて行こうと誓ったならば、歯を食いしばり
岩にしがみついてでも、その生き方を成就してほしいのです。

それこそ神仏が喜んでくださる生き方です。

そういう生き方をぜひ追求していただきたいと思います。

さて私は十九歳のときに、修行道場に入りました。

初めの一、二年は右も左もわからず、がむしゃらのうちに過ぎていきました。

しかし、三年、四年と経っていくと慣れてきて、増上漫になる時期を迎えます。

そこで頭を打たれて、これではいけないと奮起して、強い自我と向き合い、
芯の強さに変えることができるかどうかがターニングポイントになります。

穏やかな自分と、自我を押し通したい自分。

この二つの相反する心を対峙させて自己を客観的に見つめ、己に打ち克ち、
本来の自分自身と一体化することが修行の目的になります。

客観的に見られないと、さまざまな迷いが生じてきます。

明日に続く。

田渕 裕哉

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