From : 田渕裕哉(2011/11/08 07:17:57)
おはようございます。今朝は横浜のホテルからです。 横浜は非常に雰囲気のある街ですね。 今日も一日、特別なセミナーを受けています。 すごく面白い内容で感動しています。 私たちが、おそらく無意識でしている思考は「集中的思考」 と呼ばれる思考法だと思います。 なんらかの提案がなされると、私たちは反射的にそれについて検討し、 重要度を分析しようとします。 私たちにとって、ある一つのことに着目して、さまざまな角度から それに検討を加えるというのは容易であり自然なことです。 そこでは自分の思い込みや考え方は省みられません。 人間には困った性癖があります。 それは自分の考えに都合のいい証拠ばかりを見たり、 集めたりするという性癖です。 私たちは先入観を持っていて、 その正しさを裏付けてくれる証拠を探そうとします。 この「集中的思考」は非常に狭い思考なのです。 それに対して「拡散的思考」は、中心的なテーマから離れ、 さまざまな方向へ思考が広がります。 集中的思考に比べ、思考の範囲が広いのです。 拡散的思考をするときには、一見、もとの課題や考えとは関係のないような、 ありとあらゆるアイデアを思いつけます。
From : 田渕裕哉(2011/11/07 06:08:22)
おはようございます。今朝は、寒い千葉からです。今日は横浜に行きます。 昨日は女子ゴルフで私の好きな上田桃子が久しぶりに優勝しました! サイコサイバネティクスの小川さんの期間限定の無料レポートプレゼントです。 「がんばるのを止めると成功する!?」まだの方は、ぜひ、読んでみてください。 こちら ⇒ http://123direct.info/tracking/af/332863/IwnsnSVT/ (PCのみ) 人間が、これまで長い期間、あらゆる困難に見舞われながら、 種として生き延びてこられたのは、考える力に負うところが 大きいのではないかと思います。 しかし、この考える、つまり思考するというのは簡単ではないのではないでしょか? あなたは問題を解決していこうとするとき、どのような「思考法」を使うでしょうか? 新しい創造的な問題解決策を打ち出すことができますか? 世界には急いで解決しなければならない課題が山のようにあります。 地球温暖化、貧困、食糧問題、薬物の弊害、世界平和の維持などなど・・・。 今、「思考法」を知る必要があります。 今週は「思考の達人」が、どのように思考しているかを調べてみたいと思います。 さて、私たちは習慣で生きています。 毎朝、ベッドの同じ側から降ります。前日と同じような服を着て、 同じような朝食を食べ、同じ電車に乗り、同じ会社や学校に行きます。 会社や学校でも、実は、同じような考え方でものごとを考えるのです。
From : 田渕裕哉(2011/09/25 06:54:04)
おはようございます。今日は松戸の教会に行きます。
朝、夫婦で散歩をしていると稲刈り後の田んぼに
200匹以上の白鷺(しらさぎ)が羽をやすめていました。
新しい子どもの育て方として、非常に面白い記事があったので紹介したいと思います。
「親は子どもに歩き方を教えるのに、子どもを支えたり褒めたりしますが、
これは目に見える行いです。
このような行いは、目に見えない愛と、子どもの可能性に対する期待の表れです。
来る日も来る日も親の努力は続きます。
目には見えませんが、これは忍耐と熱意があることの証拠です。
行動を生み出すのは私たちの目に見えない性質であり、
それは行動の動機なのですから、何をするべきかを教えるよりも、
好ましい性質を身に付けるよう教える方が、行動を改善するうえで効果があるでしょう。
子どもが悪いことをした場合、例えば、けんかをした場合には、
その行動、つまり目に見えるけんかをやめさせようとすることが多いのですが、
これは間違っています。
行動は目に見えない動機の表れにすぎません。
次のように考えるとよいでしょう。
From : 田渕裕哉(2011/09/24 07:12:24)
おはようございます。今朝は1週間ぶりに戻ってきた久々の千葉からです。
台風の影響があると思って、朝、田渕農園?を見ましたが、1メートルぐらいの木
になる2つの「獅子ゆず(グレープフルーツ大)」が2個、そのまま残っていました。
私たちは皆、財産欲、名誉欲、権力欲というこの世的なものを望むように誘惑されます。
これらのものを望んだとしても、最優先するべきではありません。
最大の望みが財産を得ることだったり、
権力を望んだりする人は、物質主義のわなに陥っています。
それは実はむなしいものであることを知らなければなりません。
ある大成功して、数多くの栄誉に輝き、地位、名声、富を得た人の言葉をご紹介します。
じっくりと味わってください。
「私は人々が尊敬し名誉とすることや、役職・地位などは、本当のところ、
あまり価値がないと思うようになった。
これらのものは、ときどき獲得するために努力しようと感じるが、その値打ちはない。
この世の物は、ただ十分飲食し、適度に着用するものがあれば、
それ以上のものは全く重要ではないことが分かるようになった。
また子供たちに財産を残そうとすることは、むだな努力であるばかりか、
災いになるかもしれないことが分かった。
From : 田渕裕哉(2011/09/23 07:21:29)
おはようございます。今朝は快晴の新宿からです。
今日は祝日ですが、私は十条のお店で働いています。
素晴らしい方々とたくさん出逢っています。
私たちの心の中に、どのような望みがあるでしょうか?
自分の心の中を探り、本当の望みは何か、そして最も大切な望みの
優先順位をどのように付けるかを知ることは非常に大切です。
なぜなら、望みは優先順位を決め、優先順位は選択を方向づけ、
選択は行動を左右するからです。
どのような望みに基づいて行動するかで、どのように変化し、
何を達成し、どのような人物になるかが決まるのです。
望みは目に見えませんが大切です。
私たちは食べたいという望み、寝たい(睡眠)という望みがあります。
しかし、この睡眠欲より優先させた望みの例があります。
ある夜、敵の歩兵隊が前線を突破し、
砲兵隊が陣取っていた後方にまでなだれ込んで来ました。
大尉は自分のテントに電話線を引き、周辺を防御している大勢の隊員一人一人に、
一晩中1時間おきに自分に電話をするように命じました。
そうすることで隊員は目を覚ましていることができました。
From : 田渕裕哉(2011/09/22 07:30:12)
おはようございます。関東地区の昨晩は台風で大変でしたね。
まだのところもあると思いますが、皆さんの無事をお祈りしています。
昨日のメルマガの後半のリンクが午前中にトラブルがあり見えませんでした。
昨日の午後から復旧しましたので、ぜひ、読んでくださると嬉しいです。
きれいな心を持つことには完全な自由があります。
ビクター・E・フランクルは、ナチ強制収容所における悲惨な経験を述べたくだりの中で、
人間の自由がどれほど奪われようと、虐待がどんなに過酷であろうと、
心身にかかわる緊張がどんなにひどくても、人はフランクルが「最後の自由」と呼ぶもの、
つまり「どんな状況にあっても、自分の態度や心の思いを選ぶ自由」を
持ち続けることができると言っています。
彼の言葉を引用します。
睡眠不足や不十分な食料、さまざまな精神的圧迫などの状態は、
収容者にある反応を起させると考えられがちであるが、
つまるところ囚人がどのような人物になるかは、その人の内面的な決心の結果であって、
収容所の影響だけによるものではない。
従って基本的には、このような境遇にあっても、
だれでも自分が心理的、精神的にどのような人物となるかを決定することができる。・・・・
From : 田渕裕哉(2011/09/21 12:56:24)
おはようございます。今朝は雨の赤羽にいます。
台風15号気をつけてくださいね。安全をお祈りします。
今週、来週と十条にあるお店にいます。
お近くに来る予定のある方は、ご連絡ください。
お会いできると思います。こちら ⇒ tabuchi@dc-group.co.jp
あなたが良いことをする場合、、どんな動機で良いことをするでしょうか?
さまざまな動機があると思います。
表向きは隣人のための奉仕を装っていながら、
本当は自分の富や名誉のためにしている場合もあるのです。
また、良い交友関係を求める気持ちから出る奉仕もあります。
これは、自分の富や名誉を求めるよりは、おそらく立派ですが、
やはりこの世的な報いを求める動機の仲間に入ります。
すなわち、自分に役立つことを求めており、心のきれいな人とは言えません。
心のきれいな人は、純粋に人の役に立ちたい!という「愛」を
動機に良いことをする人です。
愛が動機の人は受け身や義務感でするのではなく自発的に進んで行うものです。
ある方が述べているように「税ではなく、捧げ物」なのです。
ヘンリー・バンダイクの名作『館』の物語の中に、
著名な博愛家ジョン・ウェイトマンが見た天の示現の場面があります。
From : 田渕裕哉(2011/09/20 07:26:07)
おはようございます。台風が来てますね。
皆さんが安全であるようにお祈りしています。
今日から十条のお店で2週間の仕事がスタートします。
楽しみです!
法律は人の行為に対して判決を下そうとしますが、
人の内面、すなわち「心」がきれいか汚いかの判決は下しません。
心のきれいな人になるためには考えるべきことです。
例を挙げて説明しましょう。
ある人がきれいな車をガレージに駐車していたとしましょう。
隣人がその車を見て「欲しい。盗みたい。」と思いますが、何もしません。
ただ欲しそうに眺めるだけです。
この人の心はきれいではありませんが、この隣人は、
この時点では、まだ法律を少しも破っていません。
しかし、例えばエンジンをかけて乗り去るなど何らかの行動を起せば、
彼は不正を犯したことになり、法律の下に罰せられるでしょう。
さらに、この隣人の行為に対して、
どんな法律上の処置を取るべきかを決めるため、車をとった意図が問われます。
所有者が同意するだろうと勝手に思い込んで、ただ借りるつもりであった場合、
この人は罪を犯したとは見なされないかもしれません。
From : 田渕裕哉(2011/09/19 07:26:08)
おはようございます。昨夜から軽井沢にいます。高原の朝は最高です!
神田昌典さんが絶賛した英語学習法があります。
たった3ヶ月で卒業できるホームスタディー講座です。
私も学んでいますが、これは面白いなと感じています。
そのエッセンスを無料DVDプレゼントしています。
ただ、1,000枚用意したDVDが残り200枚を切ったそうです。
これが最後のご案内になります。
英会話に興味がある方は、急いでチェックしてみて下さい。(PCのみ)
コチラ ⇒ http://123direct.info/tracking/af/332863/eICBKOea/
心のきれいな人は「正直」という素晴らしい徳を持っている人です。
子供たちにウソをつくと自分自身が辛くなる
ということを理解させる必要があります。
子供たちに正直であることの大切さを教える分かりやすい話があります。
ぜひ、使ってください。
ある日、イサベルは小さなウソをつきました。
彼女は愛犬のバーカーに自分の夕食をあげてはいけない
ことになっていたのに、あげてしまったのです。
お母さんが入って来て、彼女のお皿がきれいに空になっているのに気がつきました。
イサベルはお母さんに全部食べたと言いました。
夕食はチキンだったのですが、やがてバーカーの喉に、
チキンの骨がひっかかってしまいます。
バーカーは咳き込み、鼻息を荒くし、苦しみ始めました。
「バーカーはどうしたの?」とお母さんは尋ねました。
「知らない」とイサベルは答えます。
お母さんはバーカーの口を調べましたが、何も見えませんでした。
From : 田渕裕哉(2011/08/28 05:13:41)
おはようございます。昨晩は寒いくらいでした。
今朝は曇りの千葉からお届けします。
今日は、教会でステーク大会という大会が開催され出席します。
思い込みでつくられたマイナスの人生を生きている人たちは、
例えて言うなら、水槽の金魚のようです。
水槽の中は、刺激は少ないけれど、安心で比較的安全な空間で、
生きていくには最適です。
水槽の中は、少し息苦しいけれど、それさえ我慢できれば、
比較的恵まれた環境です。
ところが、水槽の中にどっぷり浸かっていると、
敏感に何かを感じ取る能力がだんだん低下していきます。
実際に、水槽に泳ぐ金魚に徐々にお湯を加えていくと、
かなり水温が上がっても、金魚はそれを感じないように泳ぎ続けます。
急激に熱湯のい中に金魚を入れれば、ショック死するはずなのに、
少しずつの変化には鈍感なのです。
でも、本当は体には、かなりの負担がかかっていて、
ある時間が経つと死んでしまいます。
少しずつの息苦しさに慣れきってしまうことや、
あきらめるのを当たり前と思うことなど、
私たちと水槽の中の金魚とは全く同じではないでしょうか?
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