手放す技術7.
From : 田渕裕哉(2013/07/07 07:16:12)
おはようございます。今朝は快晴の千葉からです。暑いです。
昨日は久しぶりにスポーツジムに行きトレーニングしました。体が筋肉痛です。
今日は家族で、成田と千葉の教会に行きます。
1週間の反省と新たな1週間の計画を立てる日です。
今日は「恐れ」と「不安」を手放しましょう。
「恐れ」は、私たちの心が、過去のつらい経験を未来に起こるかもしれない出来事と
関連づけて「また、あの苦しみを味わうかもしれない」と想像することで生まれます。
一方「不安」は、長期間にわたって感じることが多い、
漠然とした「きっとうまくいかない」と心配する気持ちです。
そして「恐れ」と「不安」は、どちらも私たちの心が勝手につくりだした、
まだ実現しておらず、永遠に実現しないかもしれない未来に対する心の反応です。
つまり、心が存在しないものに反応しているだけなのですから、
怖れと不安も、実際には存在しないはずなのです。
ところが、心は現実と非現実を区別することができません。
心が存在しない未来に怯えてパニック状態に陥ると、
身体も、それが今起きているかのように反応します。
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手放す技術6.
From : 田渕裕哉(2013/07/06 07:18:53)
おはようございます。今朝は蒸し暑い千葉からです。
来週の火曜日の10日は妻の誕生日です。
その日は、出張でお祝いをすることができないため、昨日プレゼントを買いに行きました。
ケーキは今日買って、家族みんなでお祝いする予定です。
怒りは、執着していたものが失われたときや、
欲していたものが手に入らなかったときに起きる心の反応です。
すでに終わったことを引きずっている状態です。
怒りは、抱えているとつらい、まさに心の痛みです。
怒りによって心がかき乱されるとき、私たちは「はらわたが煮えくり返る」ように感じたり
「胸が引き裂かれる」思いで胸に手を当てたりしています。
これは決して偶然ではないのです。
身体と心は、エネルギーのレベルが違うだけで、もともと同じものからできています。
心への負担が大きいと、身体の痛みや不調となって表れるものは、ごく当たり前のことなのです。
ですから、怒りを上手に手放すことは、身体の健康を保つためにも大切なのです。
インドの聖典には次のような言葉があります。
「執着から欲望が、欲望から怒りが生まれる。怒りは人を破滅に至らせる」
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手放す技術5.
From : 田渕裕哉(2013/07/05 07:05:08)
おはようございます。今朝は涼しい千葉からです。
昨夜(正確には今日)遅くに千葉に戻りました。
今日は、千葉でミーティングがあります。
そして少しの時間ですが、夫婦で出かけます。
あなたは快楽と苦痛が同じものであると言ったら驚きますか?
私たちが快楽への欲望に執着すると、幸せをもたらすはずのものが、
さまざまな苦痛を生み出します。
快楽を求めて苦痛を味わった経験は、皆さんにもあるのではないでしょうか?
ここでは、お金を例に、快楽が苦痛に変わる仕組みを見てみましょう。
お金は、、ほとんどの人が欲しいと考えるもののひとつです。
確かに、お金がたくさんあれば、生活はより便利で快適になります。
買いたいものを我慢しなくてもいいし、あくせく働く必要もありません。
けれども、お金は必ずしも幸せだけを運んできてくれるわけではありません。
もし、宝くじで100万円が当たったら、あなたは大喜びするでしょう。
どんなことに使おうか、わくわくしながら考えるのではないでしょうか?
これは快楽ですね。
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手放す技術4.
From : 田渕裕哉(2013/07/04 07:03:18)
おはようございます。雨が降ったり止んだりの福井からです。
昨日の研修は、大変盛り上がりました。
今の若い人の学びたいという意欲はスゴイです。
今日も彼らのニーズに応えるように全力でいい研修にします。
時代や文化を超えて、人間が根本的に求めるものには、
4つの種類があると考えられています。
それは「安心」「快楽」「調和」「自由」です。
ひとつめの「安心」は、私たちが生きるためになくてはならないものです。
現代では、おそらく人間関係と仕事(収入)が最も安心感をもたらすものでしょう。
2つめが「快楽」です。
快楽は、ある程度の安心が保証されたあとで、私たちが目を向けるものです。
快楽は、なくても生きていくことができますが、とても心地よいものなので、
私たちが最も執着しやすい欲求です。
3つめは「調和」です。
調和には、心の安らぎ、友情や愛情、憐れみ、そして分かち合う喜び、
人の役に立つ喜びが含まれます。
前の2つと比べると、人生経験を積み、精神的に成熟してはじめて感じる欲求です。
安心と快楽の代わりに調和を求める人は、ストレスの少ない人生を送ることができます。
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手放す技術3.
From : 田渕裕哉(2013/07/03 06:30:46)
おはようございます。今朝は雨が降っている福井からです。
今日、明日と福井のジョブカフェ主催で若手社員を対象に研修を行います。
テーマは「前向き社員養成塾」です。福井県内の様々な会社から参加します。
彼らとふれあい、彼らに影響を与える機会を楽しみにしています。
私たちは無知であることに気づかなければなりません。
無知が執着を生むからです。
例えば私たちの多くは「私はこの身体だ」という思い込みをしています。
これは私たちの多くが無意識のうちに、毎日のように犯している過ちです。
例えば、あなたが「私は病気だ」と言うとき、病んだり痛んだりしているのは身体、
それも身体のどこか一部分であることがほとんどです。
あなたという存在のすべてではありません。
「あの人、かっこいい」とか「かわいい子だね」と言うのも、
ほとんどの場合、身体のことを指します。
このように私たちは、私たちの身体を私たち自身と同一視することが多いのです。
では「私はこの身体だ」という錯覚のどこが問題なのでしょうか?
それは「私はこの身体だ」と思い込むことで、
唯一の頼みである身体に対する執着が生まれることです。
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手放す技術2.
From : 田渕裕哉(2013/07/02 06:45:02)
おはようございます。今朝はいい天気の福井からお届けします。
今日は13:30~15:30に福井の福井県教育センターにて、
「アンチエイジング・ビジネス」セミナーを開催します。
参加無料ですので、ぜひ、お近くの方は、一度、ご参加ください。
物質的にも精神的にも手放すべきものがあることを、私たちは直感的に感じとっています。
そして、新しいものを手に入れるには、古いものを手放す必要があることも知っています。
「手放す」というと、いらないものを取り除いたり、やめたりすることだと思われがちですが、
実は「手放す」とは、無理をせず、ものごとを自然にゆだねることなのです。
秋になると、木々は葉を落とします。
一枚一枚の葉は枯れ、枝は生気を失ったかのように見えますが、
それは春に新しい葉が芽吹くための準備にすぎません。
そして、落葉と芽吹きを何度も繰り返しながら、木は大きく育っていきます。
役目を終えた葉を手放すことは、木にとって特別なことではありません。
インドの人々は人生の最期を迎えたとき「熟れた果実が木から落ちるように」
自然に、この肉体を去ることができるように祈るそうです。
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手放す技術1.
From : 田渕裕哉(2013/07/01 05:47:19)
おはようございます。今朝もどんよりとした千葉からです。
今日は、朝1番で、小松空港に行きます。金沢と夜は鯖江に行きます。
13:30~15:30に金沢勤労者プラザにて、19:00~21:00に、
鯖江のサンドーム福井にて「アンチエイジング・ビジネス」セミナーを開催します。
参加無料ですので、お時間の合う方は、ぜひ、ご参加ください。
誰もが幸せに生きたいと願っています。
ところが皮肉なことに幸せに生きようと努力すること、
それ自体が逆に幸せを妨げてしまうことがあります。
例を挙げて説明しましょう。
こんなふうに思ったことはありませんか?
「上司が彼でなければいいのに。そうすれば私だって、もっと能力を発揮できるはずだ」
「あと5キロ痩せれば、自分に自信が持てるんだけどなぁ」
「もう少しお金があれば、この車を買うのだが・・」
「この病気さえ治れば、どこへでも自由に旅ができるのに」
私たちがこのような思いを描く背景には「あと少し何かがあれば、今よりも幸せになれる」
という共通の願望があるのです。
その何かが欠けているから満たされず、人生がうまくいかないのだという気持ちです。
でも、本当に何かが欠けているのでしょうか?
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自己愛の重要性7.
From : 田渕裕哉(2013/06/30 07:37:31)
おはようございます。今朝は気持ちのいい千葉からです。
今日は地元、成田の教会に行き、その後、千葉の教会に行きます。
そして、夕方には、娘の成人式の写真を撮りに行きます。
来年の1月ですが、前もって着物を着て、プロに撮ってもらいます。
世界にはたくさんの言語がありますが、世界共通の言語もあります。
その言語とは、情緒的、物理的、霊的に互いを隔てるものを
乗り越えることができる力を持つ共通言語です。
その言語は世界で最も力強い言語です。
その言語は何だと思いますか?
その言語は「純粋な愛」です。
「純粋な愛」は、見せかけの愛ではありません。
グリーティングカードにしか書かない愛ではありません。
はやりの音楽や映画で、もてはやされるような愛ではありません。
この純粋な愛は、人の本質を変えることができる愛です。
憎しみを克服し、ねたみを溶かします。
怒りを治め、苦々しい気持ちを乗り越えさせてくれます。
この純粋な愛は、奇跡を起こす力があります。
私たちの人生の真の目的は、この言語を練習して、
この愛の言葉を地上で流暢に話せるようになることです。
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自己愛の重要性6.
From : 田渕裕哉(2013/06/29 06:27:58)
おはようございます。今朝は東京のホテルからお届けしています。
昨夜、偶然ですが、昔の友人にバッタリ会いました!
彼は三本木亮と言って、ベストセラーの「ザ・ゴール」の翻訳者です。
アメリカから出張に来ていて、本当に奇跡的に再開しました!
他者の役に立つこと、すなわち「貢献」は、真の意味で「人生の充足感」を得られるものです。
私欲を満たすだけでは得られない、人生に対する純粋で内的な喜びです。
誰かの泣き顔に微笑みをもたらしたり、誰かに親切をしたときの感覚に似ています。
それは自分をひけらかしたり、誰かに褒めてもらうということが動機になっていません。
本物の「自己愛」を持つ人は、自分勝手な欲を手放すことができる人です。
業績と自分を結び付けようとはしません。
人々に仕え、彼らのためになるようなことをしようとします。
誰にも見られれいなくても、善いことをして、人を助けるのです。
あなたが公園を歩いているとき、地面にゴミが落ちているのを見つけたとします。
A:まわりで人が見ていたから、そのゴミを拾ってゴミ箱に捨てる
B:誰も見ていなくてもそのゴミを拾ってゴミ箱に捨てる
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自己愛の重要性5.
From : 田渕裕哉(2013/06/28 07:44:36)
おはようございます。今朝は曇りの神戸からお届けしています。
昨夜から三菱電機の神戸研修センターに宿泊しています。
今日は、一日、三菱電機で研修があり、講師として呼ばれています。
今年で5年目で、毎年来ています。楽しみです!
自己愛の重要性を理解できたと思いますが、
自己愛にも「建設的な自己愛」と「破壊的な自己愛」があります。
もし、あなたが他者とつながらない「自己愛」を求めたら、あなたは他者を批判したり、
物質的な所有や学歴を求めたり、傲慢や支配、孤独を作り出してしまいます。
ここでも自然界から私たちは学ぶことができます。
例えば、ミツバチは、ミツを求めて花畑を飛び回り、
ミツバチ自身も知らぬ間に「花粉」を体にくっつけます。
その「花粉」のついた体で、花から花へと飛び回るため、そこで、
オシベとメシベへの「受粉」が行なわれ、新しい花の命に「貢献」しているのです。
もし、ミツバチに「その役割」がなければ「自然界の中の必要な生物」
ではなくなってしまうわけですから、当然、生態系の食物連鎖の循環の中で
ミツバチは淘汰され、いずれ絶滅してしまうことでしょう。
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